福島原発処理水に激昂する韓国〝反日正義〟の度し難い危うさ

7月初旬から9月下旬まで自転車で韓国を一周した。テント積んでのキャンプ旅だったので市井の人々の率直な言葉を少なからず聞くことができたかと思う。ハングルは退職後に独学で始めた還暦の手習いなので些かお粗末ではあるが。 当時韓国では連日TVのニュース番組で福島原発処理水海洋放出への反対運動、野党政治家のアジ演説、さまざまな団体の反対声明などを喧しく報道していた。違和感を覚えたのはどのTV局でも“処理水”を“汚染水”(オニョムス)と表現していたことである。本来中立であるべきTV局が“共に民主党”の李在明(イ・ジェミョン)氏のプロパガンダ演説に倣って“オニョムス”と連呼。中国政府が福島汚染水(フーダオ・ウランシュイ)と報道しているのと同じだ。偏向的な報道姿勢に疑問を感じた。 7月初旬の韓国の世論調査では90%超が汚染水放出反対、汚染水放出による健康被害を懸念するという数字。メディアが野党と一緒になって“福島汚染水放出反対”の世論形を喚起していたのだ。
中国韓国の専門家は福島原発処理水が全く安全と認識している
7月6日。ソウルの宗廟の日本語ガイドツアーで放射能・放射線の日本人研究者S氏と一緒になった。S氏はソウルで開催された日中韓三カ国の研究者による学会に参加したばかり。 福島処理水問題について両国の参加者からは一切発言がなかったとのこと。専門家の間では福島処理水の安全性については議論の余地がないほど明確なので話題にもならないとの解説。 7月16日。全羅北道の益山市の郷校ヒャンキョ(李氏朝鮮時代の地方の儒学校)で出会った高校2年の2人組。今年の夏休み(ヨルム・パンハク)は来年冬の大学修学能力試験(通称:修能スヌン)での勝敗を決める大事な時期だと高校の先生からハッパをかけられていると苦笑。 聡明な彼女たちは福島処理水反対の野党キャンペーンは政治的プロパガンダだと理解していた。他方でTV・新聞などで毎日福島汚染水に対する反対運動が報じられているので福島汚染水が有害と信じ込んでいた。日本の海産物は絶対に食べたくないし、彼女たちの母親は福島汚染水問題がニュースになってからは魚介類そのものを買わないとのこと。 益山市近代歴史博物館に見学に来た女子高生グループ4人組は、「海洋放出反対」「福島汚染水は危険」「日本が安上がりの海洋放出を強行するのは許せない」と口を揃えた。他方で中国・韓国原発からの海洋放出は知らないと。 筆者がIAEA報告書の説明をしていたら、博物館の解説員の元高校教師の女性が割って入って険しい表情で否定、「IAEAは日本政府からの賄賂と政治的圧力で日本に有利な報告書を捏造したのよ。本当に安全なら福島汚染水を日本の湖に貯めるはずです。それをしないのは有害だからです」と声高に主張。高校生たちも頷いていた。 IAEA報告書は日本の賄賂と不当な圧力で捏造されたという妄言・デマはかなり広範に韓国社会に伝播されているようで韓国滞在中に再三聞かされた。8月10日に木浦で出会った政府の対外宣伝を制作している映像作家氏は「韓国人は反日運動の材料になるような情報はデマでも陰謀論でも信じる。反日が正しいという共通認識があるから韓国社会では反日運動に都合のよいデマや陰謀論が拡散され浸透し易い」と分析していた。
7月16日。Korail(韓国鉄道公社)に勤務する20代後半のエリート女性。福島処理水については漠然と不安を感じているが科学的根拠については知らないと。日々多忙でニュースも聞き流す程度なのでじっくり考えたことがないと。 7月22日。全州の工芸品展示センターに勤務する女性は福島汚染水放出が命に係わる深刻な問題と懸念を表明。他方でやはり忙しくて科学的根拠は分からないと。しかし韓国国民が大反対しているから自分も反対であるとして話を打ち切った。人目を気にしておりそれ以上話したくない様子。 彼女の雰囲気からは福島処理水が安全と公言できない韓国社会の同調圧力を感じた。4年前に半導体製造材料の日本の対韓輸出規制に反発して韓国社会で日本製品不買運動が展開された。当時は周囲の目を気にして日本のビールが飲めないとか、日本への旅行をキャンセルしたとか強烈な同調圧力が社会全体を席捲していたが、福島処理水問題でも同様なのだ。
知日派知識人が指摘する“反日が絶対正義”という国民感情
7月27日。南原で早稲田大学に留学した論客のK氏と遭遇。K氏によると韓国人は李承晩以来政治家に騙され続けてきたので政府・政権の言葉を信用しない。 そして植民地時代から現在に至るまで“国家としての日本及び日本政府”は韓国民にとり常に否定するべき絶対悪との説明。日本人や日本文化は大好きという韓国人も日本国家・日本政府に抱く感情は憎悪と不信という。7月18日に論山市で出会った高校の日本語教師の40代後半の韓国女性も全く同様の反日正義の国民感情の根深さを語っていたことを思い出した。 K氏は日本政府を支持することは“親日派”チンイルパとして韓国では唾棄すべき軽蔑の対象になるという。ハングルで“親日派”は日本の植民地支配に協力した売国奴を意味する。“親日派”は中国における対日協力者の“漢奸”、フランスのナチス協力者の“コラボラトゥール”と同義語なのだ。 現在でも政治家や著名人が日本政府の政策を支持すれば親日派(=売国奴)という忌まわしいレッテルを貼られ政治生命や社会的名声を失う。韓国の原子力の専門家や科学者が福島処理水について沈黙を守っているのも福島処理水について科学者としての良心から安全性を公言すれば韓国社会から親日派のレッテルを貼られ嵐のようなバッシングを被るからという。 そして慰安婦問題・徴用工問題・福島汚染水問題はすべて同一線上にあると断言。とにかく日本政府がやることを全て疑い否定するのが“韓国人の正義”という。
なぜ尹大統領は国民の支持を得られないのか
K氏によると徴用工問題で譲歩して福島汚染水放出を容認した尹大統領の政治決断は韓国民の正義感を踏み躙ったものであり国辱であるとフツウの韓国人は激怒している。他方で韓国人は日本政府や日本人が尹大統領を高く評価していることを良く知っている。 尹大統領の支持率が30%前後(他方で不支持率50%超)と低迷しているのは当然とのK氏の解説。K氏は「韓国民のこうした非合理的な正義感を理解しないと福島処理水問題への韓国民の反応を日本政府及び日本人は正しく認識できないだろう」と結んだ。
アメリカ人英語教師カップルの見た韓国人の福島原発処理水ラプソディー
7月30日。光州市内の公園で米国人カップルと歓談。彼らは光州市郊外の小学校分校で英語の補助教員をしている。来韓1年半。韓国は同調圧力が強い不思議な社会だと感想を漏らした。例えば小学校では服装は自由なのに大半の生徒が黒のTシャツを着て登校するとか。また韓国の若い女性は同じような化粧をしているので見分けがつかないとか。 福島処理水に対する余りにも感情的(too much emotional)でヒステリックな反対運動は理解不能でとても先進国とは思えないと語った。デマやプロパガンダに容易に流される国民性は非常に危険(dangerous)と眉をひそめた。
反日正義ジジイの福島汚染水反対と対馬の歴史的領有権
7月28日。全羅北道のコチジャンの名産地である淳昌の東屋で5~6人の地元中高年男女に囲まれて雑談しながら夕涼みをしていた。 そのうち75歳の地元の男性が福島処理水絶対反対と言い出した。話しながら次第に興奮して日本は慰安婦問題、徴用工問題で謝罪も賠償もせずに今度は福島汚染水で問題を引き起こしていると口角泡を飛ばして激高。独島ドクト(竹島)だけでなく対馬テマドも歴史的に韓国の領土だと繰り返した。激昂してまくし立てるハングルは殆ど聞き取れないが固有名詞を何度も繰り返すので彼の主張は理解できた。 他の地元民は反日ジジイの発言を黙って聞いていたが、雰囲気から反日ジジイの怒声・罵声に心中喝采している様子が窺えた。反日正義の厚い壁を肌身に実感した夕べであった。
済州島出身の元財閥企業グループ経営者の冷静な深慮
8月22日。済州島南部の海辺の公園で2人組の60代後半の男性から声を掛けられた。2人は地元出身の幼馴染。1人は地元の網元で漁業組合の幹部らしい。網元曰く「この友達は大手財閥グループの経営者で最近引退して地元に戻ってきた。小学生の時から優秀な子供だったよ」とハングルで紹介。韓国の濁酒であるマッコリを飲みながら3人で歓談。 そのうち元経営者が福島原発処理水について日本人はどう考えているかとズバリ聞いてきた。難しい話なので英語で安全性や日本人が福島産農水産物をフツウに食べていることを説明した。 元経営者は慎重に細部を確認しながら筆者の話を段落ごとに区切ってハングルで網元に伝えた。網元は興味深そうに聞いて大きく頷く。そしてたまに網元が質問する。この繰り返しである。 元経営者は自分の意見は一切述べずに筆者と網元の対話を丁寧に通訳した。さらに慰安婦問題、徴用工問題と元経営者は話題を広げたが、彼は一貫として中立かつ客観的な通訳に徹していた。しばらくして筆者は元経営者が筆者の述べる見解・論点については日本や海外からの情報で以前から認識していたらしいことに気づいた。そして日韓諸問題に関して筆者の見解を概ね是としているようだった。 さすがに財閥グループのトップともなると語学も含め海外事情にも精通していると感嘆。そして自分の意見を封じて日本人の率直な見解を地元の有力者の網元との対話を通じて引き出すという姿勢に深慮と奥深さを感じた。韓国の保守本流の国際派知識人の叡智に触れることができた夕べであった。
外国航路の元船長の福島処理水への判断
8月25日。奇しくも福島処理水放出開始日の朝、麗水の海洋博覧会記念公園で商船会社の元船長と出会った。キャプテン・リムは現在でも週に何回か麗水港のパイロットを勤めているが、年に数回は海外遠征してトレッキングするのが趣味と。今年秋はヨーロッパアルプス、来年はアンナプルナを予定していた。 福島処理水について聞かれたので簡単に説明したら、「科学的に国際安全基準を満たしていて、他に現実的な解決法がないなら仕方のないことですね」と満足そうに頷いた。国際経験豊富で経済的に余裕があり健康にも恵まれているキャプテン・リムは反日正義という狭小なドグマを超越しており、科学的合理性があるなら処理水放出に反対する理由はないのであろう。
婦人服製造販売会社の75歳の女社長の政治感覚
9月14日。ソウル近郊の河南市。ある大きな婦人洋装店の軒下で雨宿りたら、中から恰幅のよい中高年女性が手招きしている。彼女は婦人服製造卸会社の社長で御年75歳。若いころ米軍相手の商売でもやっていたらしくブロークンなカタコト英語を話す。ハングルと英語のチャンポンでスムーズに意思疎通できる。 韓国の政治家はレベルが低いとこき下ろし、特に最大野党党首の李在明イ・ジェミョンは韓国の恥さらしだと罵倒。福島処理水で非科学的発言を国内外で繰り返してIAEAからは相手にされず、挙句の果てはハンストして同情を買おうとしていると批判。 当時は李在明を巡る数々の疑惑が明らかになり逮捕寸前という状況であり、福島処理水を巡る反対運動も些か下火になってきたと思えた時期であった。彼女にとり婦人服の売上高を左右する金利と景気動向が喫緊の政治課題であり、デマや妄言で社会の関心を得ようとする野党は許せないとのこと。 韓国民が反日正義というドグマを一旦脇に置いて、科学的知見を理解して冷静に客観的に福島処理水問題を考えることを切に望んだ。 以上 第2回に続く
高野凌