【社説】
西日本新聞

韓国の最高裁が、日韓の間に刺さったトゲを取り除くような判決を下した。冷静で常識的な判断を歓迎したい。 旧日本軍慰安婦問題を扱った学術書「帝国の慰安婦」で元慰安婦の名誉を傷つけたとして、名誉毀損(きそん)罪に問われた著者の朴裕河(パクユハ)・世宗(セジョン)大名誉教授の上告審である。 最高裁はソウル高裁判決の罰金刑を破棄し、「無罪の趣旨だ」とした上で審理を高裁に差し戻した。 慰安婦は日本軍と「同志的関係」にあったなどの表現を「虚偽」だとする検察側の主張を退け、朴氏の見解は学問的主張と評価するのが妥当との判断を示した。 朴氏は執筆動機に関して、慰安婦に対し左派は性奴隷、右派は売春婦と決めつけるような言説に疑問を持ったとする。研究は、かき消された当事者の声に「耳を澄ませる」ことを主眼にしたという。 その結果、兵士も慰安婦も日本帝国に組み込まれた犠牲者であったとし、疑似の家族や恋人にもなった現実を実証的に記した。労作だ。 朴氏は2013年の同書刊行2年後に在宅起訴された。一審判決は無罪だったが、17年の高裁判決で有罪となった。同書は韓国での出版翌年に日本でも翻訳本が出され、論壇で幅広い支持を得た。 今回の判決にはもう一つ重要な指摘があった。学問的表現物に関する評価は刑事処罰ではなく、「公開の討論や批判の過程を通じて行われるべきだ」と、言論への公権力介入に警鐘を鳴らしたことだ。 軍政だった韓国が民主化宣言して36年が過ぎた。にもかかわらず、司法判断は時の政権の意向に沿いがちだと韓国内でも批判され、日韓関係にも悪影響を及ぼしてきた。 歴代元大統領の逮捕が相次ぐなど、権力闘争の源泉にもなっているとされる韓国司法の在り方を問い直す機運が高まることを期待したい。 朴氏への判決が下された先月26日、最高裁はもう一つ妥当な判決を出した。 長崎県対馬市の観音寺から韓国人窃盗団に盗まれた仏像を保管する韓国政府に、韓国の浮石(プソク)寺が所有権を主張した訴訟の上告審だ。最高裁は、所有権は観音寺にあると認めて浮石寺の敗訴が確定した。 仏像は長崎県指定有形文化財の「観世音菩薩坐像(かんぜおんぼさつざぞう)」だ。12年に盗まれ、韓国警察が翌年韓国内で発見した。 浮石寺は14世紀に倭寇(わこう)に略奪されたと主張し、一審は勝訴したものの二審で取り消されていた。立証不能な無理筋の訴えではなかったか。 二つの判決は、歴史認識を巡り対日批判を無制限に許容するような韓国の風潮にくぎを刺したと言えるだろう。 両国では今、音楽など互いの文化への評価が若者層を中心にかつてないほど高まっている。北朝鮮などの軍事的脅威を前に、尹錫悦(ユンソンニョル)政権は日韓関係の強化を図っている。判決を未来に向けた好機と捉え最大限に生かしたい。