

農薬が混入していた中国産シャインマスカットが東南アジアを騒がしている。現地有力メディアのバンコクポストなどが報じた。
タイから始まったこの問題はインドネシアにも波及し、現地の消費者のシャインマスカット離れを加速している。この中国産シャインマスカットの一部は「日本産」と銘打たれているものもあり、日本ブランドを損なう恐れがある。
「農薬漬けのブドウなんて二度と食うか」――。
こうした声が先月来、タイ全土で高まり、現地では本来高級品のはずのシャインマスカットが叩き売られているという。
シャインマスカットは種無しブドウの高級品として知られている。先月末、タイの市民団体である農薬警報ネットワーク(Thai-PAN)が、バンコクと近隣地域で発売されている中国産と原産地不明のシャインマスカットのサンプルから基準値を超える残留農薬が検出されたと発表した。すべてのサンプルに農薬が残留し、ほぼすべてが基準値を超えていたという。
このニュースにより、タイのSNS上では「中国が毒をタイに持ち込んできた」など世論が沸騰。タイ政府当局は農薬の残留が確認された中国から輸入されたシャインマスカットについて、検出された農薬は安全基準内で洗浄すれば問題ないと危険性を否定した。
インドネシアにも波及、国会でも物議を醸す
ただ、当局が紹介した洗浄の方法が、「食べる前に重曹水または水に15分間浸し、その後、流水で30秒すすぐ」というものだったため、「そんなことまでしないと食べられないほど危険なのか」とさらに世論を煽ることになった。
一部では「中国の機嫌を損ねたくないから、忖度してるんだろう」と中国への忖度を指摘する声も出るなど、シャインマスカットをめぐりナショナリズムが高まる結果となっている。
タイのこの騒ぎは瞬く間に東南アジアで広まり、インドネシアの消費者も敏感に反応した。このため、国会でも議題として取り上げられ、監督官庁に早急に調査を進めるように指示が出された。
これを受けて、インドネシア医薬品食品監督庁(BPOM)などがジャカルタなど主要都市の状況を調査した結果、国内で流通しているシャインマスカットに安全性の問題はなかったと発表した。
ただ、消費者の不信感は拭いがたく、SNS上では「こんな調査結果、信じられるか」「中国への配慮が透けて見える」といったネガティブな反応が溢れた。実際、筆者のインドネシア人の20代知人女性によると「これまでシャインマスカットを食べてきたけど二度と食べない」と決めたという。こうした消費者は少なくないと見られる。
農水省関係者「中国にマーケットを取られ、悔やまれる」
韓国産や中国産は一房5万~6万ルピア(日本円で約600円)のため、現地の人の「たまに食べるちょっと高級な食べ物」という価格帯。
一方の日本産の輸入品となるとそもそも出回る数も少なく、価格は一房最低50万ルピア(約5000円)となるため、値段が約10倍に跳ね上がるというわけだ。日本の農林水産省の関係者は以下のように話す。
「中国産と韓国産のシャインマスカットの味については、基本的にオリジナルの日本産と比べれば甘味や見た目のふくよかさなどの点ではまるで及ばない。ただ、中国の一番貧乏な貴州きしゅう(編集部注:中国西南部にある山岳エリア)でも栽培が確認されているシャインマスカットは、質を問わずに大量生産するという一点においては中国にマーケットを取られていると言わざるを得ないのが悔やまれるところだ」
前置きが長くなった。では、インドネシアではどのようにシャインマスカットが売られているのだろうか。商品にばっちりと「中国産」と明記されており、すぐに虚偽だとわかる。価格も5万ルピア(約500円)と異常に安く、流石にそんな値段でシャインマスカットは食べられないだろうということはすぐにわかる価格設定だ。
さらに、少し笑ってしまったのだが、こちらも日本産として販売されていた中国産シャインマスカットだが、紙箱が「鮮なぶどう シャインマスカット」という「新鮮」の誤字が強く疑われるデザインになっていた(画像3)。(筆者がオンライン上で調べた限り、「鮮なぶどう」というブランドや標語は見当たらなかった)
“日本ブランドへの信用”が悪用されている
このような例は枚挙にいとまがないが、共通するのは「異様に安い価格」である。
オンラインショッピングサイトで本物の日本産と思われるシャインマスカットは基本的に一房50万ルピア(約5000円以上)するものであり、それ以下は偽物の確率が非常に高いということであろう。現地の日系流通関係者がこう解説する。
「首都であるジャカルタ特別州の毎月の最低賃金が約5万円、実際にはローカル企業勤務で約2万~3万円程度の人も少なくないインドネシアでは、数千円もするような果物は相当なご馳走であり、本物のシャインマスカットを口にする機会のある人の方が圧倒的に少数派です。
一方で日本産の高級品に憧れがある人も多いため、こうした偽物を本物と錯覚して購入する例が後を絶ちません。騙される消費者が悪いというのは簡単ですが、利用された日本ブランドの信用が棄損されるのは許せないですね」
本物の日本産マスカットが高価なのは、日本の農家がオリジナルの育て方で時間とエネルギーをかけているという手間暇によるところが大きいのは言うまでもない。
日本ブランドを利用する商法に対抗する手段がないのは、国内市場しか想定していなかった日本政府も農家も認識が甘かったからだといえばその通りだが、何とも忍びない話である。PRESIDENT